サルコペニアという概念。

【記事内容ポイント】

  • サルコペニアとは、全身の骨格筋量が減少し筋力が低下することである。
  • 移動・運動能力が低下し、転倒・骨折のリスクが高まる。
  • フレイルサイクルの重要な要素である。

 

[su_heading size=”18″]サルコペニアという概念。[/su_heading]

「サルコペニア」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。

サルコペニア(Sarcopenia)とは、全身の骨格筋の筋量が減少し筋力が低下すること、またその症候群のことを言います。サルコペニアになると筋肉が衰えるわけですから、すなわち移動や運動する能力などの身体機能が低下します。そして、転倒・骨折のリスクが高まります。

以前の記事で紹介しましたフレイルサイクルを覚えていますでしょうか?

フレイルサイクルからもサルコペニアはフレイルを進行させる重要な要因のひとつとなっていると言えます。実際、サルコペニアはフレイル・転倒・骨折、そして死亡のリスク上昇と関連があることがわかっています。

Rosenberg先生という方がサルコペニアの提唱者なのですが、Rosenberg先生みずからサルコペニアという用語の起源や経緯について学術論文で述べてくれています。これをまとめてみましたので、以下解説していきます。

“Sarcopenia: Origins and Clinical Relevance” Irwin H. Rosenberg, J Nutr. May;127(5 Suppl):990S-991S.

● 除脂肪体重減少と身体機能低下の関係。

現代老年学の父と言われているNathan Shock先生が、数十年間にわたって人間の身体的変化を測定する研究を行い、加齢に伴って身体機能が低下していくことを明らかにしました。それに引き続いて、Rosenberg先生たちは筋量や除脂肪体重(lean body mass)の減少と身体機能低下の間に関係性があることに気付きました。さらに、それらの身体的変化は転落・骨折のリスク上昇だけでなく、ナーシングホームへの入所や生活自立性の消失との間にも関係性があることがわかりました。

● Sarcopeniaはギリシャ語由来で、”Sarx”はflesh、”Penia”はlossの意味。

1988年、Rosenberg先生は除脂肪体重ほど劇的にまたあきらかに加齢とともに減少するものはないということに気付きました。そして、Rosenberg先生は何故この現象があまり注目されずにいるのかと考え、この現象を世間に真摯に受け止められるようにするため現象に名前をつけなければならないと提案しました。Rosenberg先生はギリシャ語由来であるべきとし、”Sarcopenia”または”Sarcomalacia”はどうかと提案しました。その結果、”Sarcopenia”が受け入られるようになっていったのです。Sarcopeniaはギリシャ語の”Sarx”と”Penia”を組み合わせた造語で、”Sarx”はflesh、”Penia”はlossの意味を表しています。

サルコペニアは病気か?

では、サルコペニアとはいったい何なのでしょうか。加齢における単なる過程なのでしょうか。もしくは病気なのでしょうか。Rosenberg先生はこのように疑問を投げかけています。

『もし仮に、加齢による身体の変化をコントロールできたとしたら、サルコペニアは病気だということになるのでしょうか。バランス機能、強さ、移動能力の低下をコントロールできたとしたら、障害の状態に達する年齢に影響するでしょう。サルコペニアがナーシングホームへの入所や介護生活を必要とさせるほどの重症の障害を引き起こすとき、サルコペニアは病気という現象であることになるのでしょうか?』

人間は、年老いていけば筋肉はおちていく、身体能力は低下していく。今までこのことは老いとして当然のことと考えていました。しかしそれが克服できるものとなったとき、この現象は病気であるということになるのかもしれません。

サルコペニアは影響され得るものか?

また、Rosenberg先生はこうも述べています。

『重要な疑問は、サルコペニアは影響され得るものなのかどうかということです。サルコペニアのこの領域における研究は大変エキサイトしています。なぜなら、いくつかの研究にて加齢による筋量の減少や身体機能の低下は介入によって影響される可能性を示し始めてきているからです。とくにたしかなものは身体トレーニングです。身体トレーニングは有意にこの筋量の減少や身体機能低下を変化させ、公衆衛生に大変重要な結果をもたらすでしょう。』

サルコペニアという命名による効果

サルコペニアという名前を用いることで、何か社会的利益は生まれたのでしょうか?サルコペニアと呼ばれるようになるかなり前からこの現象を研究していた者はいましたが、命名は社会的にさらなる認知を生み出したようです。1994年の9月にThe National Institute on Agingにおいて、はじめてのサルコペニアに関するワークショップが開かれました。National Institutes of Health(NIH、アメリカ国立衛生研究所)はサルコペニアについて宣伝をおこなうプログラムを予定し、サルコペニアの意義とメカニズムについてより理解を深める手助けをしました。さらには、アメリカ合衆国議会ですらもサルコペニアはもっともっと注目・研究・基金が必要な領域であるという宣言をして承認しました。

このことに関して、Rosenberg先生はこう述べています。

『この加齢に伴う身体的変化に特別な名前を与えたことが、そのことに対する世間の注意を促し、科学の発展を刺激したかどうかという質問に対しては答えを持っている。その答えはYesである。そしてこのことは間違いなく高齢化社会において寿命の延長やQOLの向上に貢献するであろう。』

一見、自然なことに見えてしまう加齢に伴う筋量減少や身体機能低下も、サルコペニアという命名がなされることによって学問的に、また社会的に興味が高まり、それに対する研究が促進されていったというわけですね。名称付けという何でもないようなことですが、NIHや国会で話題として取り上げられるようになるまでの経緯を知ると携わった研究者たち努力や信念というものを感じさせられます。機会があれば論文原著を読んでみてください。